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寒いのと花粉がイヤで南の島に逃げてきたラテン系マラソン管理人のブログ

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ラテン系マラソンおじ

Author:ラテン系マラソンおじ
本場中南米製ハンモックで眠るゲストハウス「カサ・デ・アマカ」管理人。07年7月、寒いのと花粉がイヤで北関東から沖縄の離島・伊良部島へ逃げてきました。ヘビ年生まれのサソリ座。facebookは「カサ・デ・アマカ/Casa de hamaca」で登録しています。

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宮古島のリサイクル店


 伊良部島にもスーパーが数店(5店?)あり、食品、日用雑貨はたいていのものがそろう。100均コーナーを設けている店もある。オバアが留守番をしているマッチャ(雑貨店のこと)は、豆腐一丁、ゴーヤー一つなどのちょこっとした買い物に都合がいい。島のほぼ真ん中あたりにはコンビニもある。
 それでも、「いざ買い物」となるとフェリー代をかけても宮古島へ足を向ける。伊良部島で買えないものがあるから、ということもあるにはあるが、それよりも、わずかでも豊富な品数を眺めてみたくなるのである。悲しいかな、物欲だ。
 たたき上げの社長がチェーン展開しているというリサイクルショップには必ず立ち寄る。ガラクタの間をただぶらぶら歩くために。そして、いつものように、次の目的地、DIY用品がたくさんあるホームセンターへ向かう。
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2008/03/31 01:28|日常TB:0CM:0

神社の裏の悪魔を捨てる穴


 大主神社は、伊良部島の漁師まち佐良浜に鎮座する。航海安全・大漁・無病息災を祈るという。その裏手に、アクマシティガーと呼ばれる、直径30メートル、深さは10メートルの丸い窪地があり、20メートルほどの狭いトンネルで海とつながっている。底はほぼ平ら。小さな砂地には波や漂流物が寄せている。もしかしてシーカヤックで通り抜けられるかもしれないということで、当日は陸地側からキミマロ船長と偵察に行ったのである。(写真の屋根が大主神社)
 今月はじめ、マキガーという島の古い井戸を訪ねた(3月5日当ブログ参照) 。「ガー」は「井戸、水のある場所、陥没地」のことで、アクマシティガーは「悪魔を捨てる穴」という意味になる。
 悪魔は「生まれて10日未満で亡くなった赤ん坊」を指す。ずっと昔から、不幸にして生まれてすぐに亡くなった赤ん坊は、まだ人として認められない「悪魔」として、真夜中にひっそりとこの穴に捨てられてきたという。(あるいは別に事情が介在したかもしれないが…)この慣わしは、実に戦後まで続いていたらしい。
 島の民俗学者キミマロ船長は、そんな歴史にも、「秘すべきでない」と眼を向けている。
2008/03/28 09:22|民俗・行事TB:0CM:0

挑戦、青の洞窟2


  佐良浜港からキミマロ船長とシーカヤックを漕ぎ出したときは夕方6時を回っていた。行き先は恐怖と幻想の「青の洞窟」である。
 しかし、洞窟も何も、その前がとんでもなかった。港の防波堤内でもすでに波が立ちあがり、灯台を回ったときにはねじれるようなウネリがカヤックを軽々と揺さぶった。波の山側に乗ると、オールが空振りするときもある。穏やかならば岸壁に沿って景観を楽しむところだが、サーフィンもできようかという波が打ちつけているので(写真左)かなり沖合いを進んだ。しかももう薄暗い。
 突き出た烏帽子岩は、ぶつからないように遠巻きにして過ぎた。目的の「青の洞窟」にたどり着きはしたが進入などお呼びでない。口からは、返す波が、川の急流か小さな滝のように吐き出されている(写真右)。
 帰路は、名物ハーリー船の漕ぎ手のようにピッチを上げ一目散に逃げた。
 シーカヤックツアーに参加したいと考えている皆さん、どうかご安心ください。「こんな日は、普通なら中止です」と、海を知り尽くすキミマロ船長は終始余裕だった。私をびびらせる目論見は首尾よく終わった。
2008/03/27 10:14|自然TB:0CM:0

挑戦、青の洞窟


 この日はびびった。
 ほっとしていた夕方5時半。うるさく鳴った携帯の表示は、イラブルーツアーズのキミマロ船長だった。
 「これからシーカヤック出しますよ。青の洞窟!」船長は何か吹っ切れたものがあったようで、このところずいぶんハイなのである。もう暗くなりかけているのに、7時までは大丈夫という読みだ。洞窟に入るには、今、潮がいい。満潮に近づいている。
 佐良浜港(写真)から断崖沿いに北へ向かうと、恐ろしくも美しい「青の洞窟」がある。狭いトンネルのような洞窟は昼でも真っ暗闇で、ヘッドライトを点けてそろそろと漕ぎ入らなければならない。やがて海中に光が見えはじめ、青く幻想的に輝くという。そのコントラスト! しかし、洞窟の漆黒は、大の男のキモを縮みあがらせ、「戻りたい!」とわめくものさえあるそうだ。そう、船長には、この私を恐怖に陥れたいという魂胆があるのだった。
2008/03/26 01:05|自然TB:0CM:0

シーカヤックで伊良部島南岸「大長コース」へ


 「イラブルーツアーズ」の君麿船長の誘いで、シーカヤック「大長コース」の下見に連れて行ってもらった。
 私にとってシーカヤックは、伊良部島と下地島間の「国仲入り江コース」に次ぐ2度目の体験だが、沿岸とはいえ「海」に出るのは初めてである。記念すべき処女航海だ!
 渡口の浜(とぐちのはま)のはずれの砂地から艇をおろし、伊良部島南岸に沿って、貨物専用の長山港までを往復する。小さなビーチと、火山島のようなギザギザの岩場が低く連続し、もしアオアシカツオドリが群れ、海イグアナが寝そべっていればガラパゴス諸島の風景そっくりだ。入り江とは違って、舳先が切る波しぶきが高く顔にかかる。波さえ穏やかならカヤックごと入れそうな小さな洞窟や、ご覧のような岩と岩の通路、潮吹き岩などもあって、ほどよい探検気分である。コースの中ほどで、ちょっとお高い宿泊施設ヴィラブリゾートが遠目に見えたりすると、品のない優越感なども湧いてしまう。お金はさほどかからず、こちらの方がどれほど優雅かって。
 それに、なんてったって海の上。丸い水平線の方角に目をやると、西日が海面にまぶしく輝いている。波がやや高くなった。あ、おれ、泳げないんだけど。
2008/03/25 00:36|自然TB:0CM:2

伊良部島の屋台の味、てんぷら


 伊良部島の白眉、渡口の浜の東はずれの道路沿いに、通称てんぷらや、軽食『渡口の浜』がある。シーカヤック遊びの潮待ちついでに腹をこしらえた。
 宮古そば等もメニューにあるが、もちろんお勧めは「てんぷら」である。様子では、値段でいくら分と注文できるらしい。中身は季節や仕入れ状況によって変わるのかと思われる。シーカヤック船長は「200円の」とおばさんに告げた。5ピース盛りである。「これがここの食べ方」と、船長は黒めの液体を小皿にさし、さらに赤い粉を多いかなというくらい投入した。ウスターソースに一味唐辛子である。
 てんぷらは衣が厚くて、中身のマグロはほんのちょっと。てんぷらというより、高速道路のサービスエリアで売っているアメリカンドッグに近い。ソースの品格といい、屋台の味です。潮風とともに、おやつにどうぞ。
2008/03/24 00:54|食べ物・飲み物TB:0CM:0

サンセット・テラスからの緑のパノラマ


 アマカ2階のサンセット・テラスから南方面の眺望である。感じを出すためにパノラマ画角にしてみた。夕日の沈む真西は家々や電柱、電線がちょっとばかり目を煩わせるが、ハンモックに寝そべるか、バケットシートに深く腰掛けていると、おおむねこんな深い緑がワイドに視界を埋めてくれる。
 遠くにはぽつぽつとコンクリート造りの民家が見える。ちょっとひいき目に言うと、それは、まるで中米グアテマラのジャングルに浮かぶマヤ文明の遺跡のようだ。ティカル遺跡の神殿! 空間だけでなく、時間まで移動した気分。
 少なくとも、キューバの音楽町サンティアゴ・デ・クーバや、ペルー熱帯地方の田舎町プエルト・マルドナード、あるいはアマゾンの河岸町サンタレンあたりの雰囲気によく似ていないだろうか。
2008/03/21 00:03|日常TB:0CM:2

ヤシガニが夜回りを始めたらしい


 ヤシガニは、カニではなくヤドカリである。体が大きすぎて宿を借りるほどの貝殻がないから裸で生活しているだけのことだ。3、40センチにもなり、カサ・デ・アマカにもミドル級の剥製が飾ってある。
 しかし、大きな誤解をしていた。海にいるヤドカリではなくオカヤドカリだった。だからマングローブの水域には住んでおりません(謹んで訂正いたします)。
 水におぼれるので陸上の穴や岩の割れ目に潜んでいる。夜にのそのそ徘徊し、アダンの実のほか、食べられるものは何でも口に入れる。木にも登る。伊良部島では「マクガン」と呼び、そこそこの数は棲息しているらしいが、それほど島人の話題に上らないし、人気があるともいえない(屍骸を食べるからだという説がある)。
 冬場は身を隠しており、夜回りが始まるのはこの時期からだと聞いた。
2008/03/20 00:11|自然TB:0CM:0

テラスの夕日を楽しむ季節到来


 一日のうちで、夕まぐれどきが一番好きだ。家路をたどる人の肩の力が抜けて、どの目にも、穏やかなほっとしたあかりがともっているからだ。
 ヤマトが春模様だと、伊良部島は25度を超えて夏日となる。こんな法則を発見した。このところめきめき日が延びて、日没はもう7時に近い(新聞を見ると日の出6時46分、日の入り18時49分とある)。夕まぐれを楽しむ季節到来だ。
 シャワーを浴びてからテラスに出る。ジャングルのような緑と夕日が見える。南寄りの風はまだ真夏のそれではないが、明らかに季節のギアが変わったと感じられる。
 ハンモックまたはバケットシートで、ホットコーヒーもしくは缶ビール。このささやかな一杯が、とってつもなくうまいんだって。
2008/03/18 23:15|日常TB:0CM:0

安い! さしばの里の日替わりランチ


 今日のランチは下地島の「さしばの里」へ。下地島空港が管理していて、島の人は「利便施設」と呼んでいる。敷地内には空港職員が住み、観光客用の宿泊施設やレストランがある。アマカから西へ向かい、国仲橋を渡って右へ曲がる。自転車で何分もかからない。
 セルフサービス。A食という「日替わりのおかず」が売りである。ご飯と味噌汁をつけた定食にすると、ご飯大盛り無料で430円。ガラスケースの中には、野菜サラダ、かぼちゃ煮、きんぴら、納豆などの小皿が並んでいて、お好みでトレイに載せ、最後に会計する。
 本日のおかずは焼きシャケとオクラ。ひじき煮60円と冷奴60円をつけたので、しめて550円(写真)。
 日替わりおかずは、ちょっと遅れると売り切れているので、いつも代案を頭に描きつつ食堂の自動ドアを通ることにしている。カレー、ゴーヤチャンプル、宮古そば…

*追記 2008年4月1日附で値上げしました。上記と同じメニューで620円です。これだとあまり安くない!
2008/03/18 00:27|食べ物・飲み物TB:0CM:0

釣り名人に誘われて島を半周歩く


 日曜日、ゆっくり寝ていようと思っていたのに朝早くの電話で起こされた。
 「12時から”歩け歩け”があるからいっしょに行こうねー」釣り名人からだった。 『伊良部高校PTCA発足記念・伊良部島見たい歩き隊』があることは別のスジから聞いていたが、すっかり忘れていた。
 伊良部高校を出発して、フナウサギパナタ、白鳥岬、佐和田の浜、平成の森公園と、島をほぼ半周する15kmのコースだった。晴れ。軽く汗をかく気温。道端の小さな野いちごがいくつか実をつけていた。つまんで食べた。フナウサギパナタから眺めた海はいつにもまして美しかった(写真右)。
 ところで、勧誘の主、釣り名人。集合場所にはいないし、途中から参加するでも、どこかで待っているでもなかった。後から聞くと、釣りに行って大物を上げたそうである。
 こんな島人との生活を楽しんでいる。
 
2008/03/17 00:37|日常TB:0CM:0

3月13日、国仲部落気温25度


 気温25度を超えるか超えないかあたりが一番気持ちいい。ここは伊良部島国仲部落。
 道の先に、青い道路標識が見える。信号機のある国仲交叉点だ。まっすぐ行くと6キロほどで宮古島へ渡る港、佐良浜港に着く。左に曲がると長浜や佐和田部落方面、右は仲地部落方面と結構人家が続いている。
 交叉点の左角におでんや「綾」、その手前、ちょうど青い標識の下には整体「ほぐしや三昧」がある。おでんやの向かいは釣具店だ。
 写真の電信柱の角が文房具店マルモト商事で、ブロック塀に沿って曲がり、ちょっとした坂道を左カーブに上るとカサ・デ・アマカのピンクの建物が見える。
 3月13日、気温25度。窓を開け放ち、Tシャツ1枚でハンモック昼寝した。午後6時2階のテラスに出て夕映えを眺めた。
2008/03/14 01:14|日常TB:0CM:0

ミルク酒は池間島からやってきた


 佐良浜部落の「ミルク酒」発祥の地は池間島である。周囲はわずか10キロ。宮古島の北にあって1425メートルの橋で結ばれている。昔から漁業、特にカツオ漁の盛んな島として知られ、池間海人(ウミンチュ)、池間海洋民族の呼び名には深い尊敬がこめられている。「ミャークヅツ」(豊穣祈願)や「ユークイ」(世乞)などの伝統行事盛んなることも有名である。
 池間海人は、漁の休息、補給地として伊良部島佐良浜を選び、ぽつぽつと住みはじめ、やがて部落をつくった。村立てを許されたのが1720年というから相当に古い話である。
 伊良部島の各部落の間には、「理解はできるが話せない」というほどに方言の違いがある。ルーツの違いである。言葉も違えば民俗習慣も微妙に異なる。ところが池間島と佐良浜部落の方言は同じである。「ミャークヅツ」はじめ伝統、民俗行事もほぼ同様に受け継がれている。
(写真)池間大橋。向こうに見えるのが池間島。
2008/03/13 01:59|食べ物・飲み物TB:0CM:0

「わしミルク」が決まりのミルク酒


 雨模様で仕事にならないということで、伊良部島佐良浜部落の友4人は、まだ明るいうちから買出しを始め、宴会道具一式準備万端おこたりなく、国仲部落のわがアマカにやって来た。なかでも一番の酒好きヨシヒサさんが、さっさと「ミルク酒」を作り始めた。
 主に祝い酒として振舞う、島の中でも佐良浜独特の飲み方である。ペットボトルに水を入れ、甘い練乳(コンデンスミルク)を一缶まるごと注ぐ。よく振って混ぜ、落ち着いたところを見計らって、最後に静々と泡盛を投入する。言ってみれば「泡盛のコンデンスミルク割りカクテル」だ。由緒正しき配合比率があるらしいが、普通の宴席ではもちろんいい加減で、泡盛の濃さは自分のコップで調整する。ただし、練乳は写真の通称「わしミルク」でなければならない。そういう決まりになっている。
 ミルク酒のルーツは、宮古島の北の小さな島にあるという。
2008/03/12 01:35|食べ物・飲み物TB:0CM:6

人気者ナポレオンフィッシュの若魚を食す


 ナポレオンフィッシュはベラの仲間では世界最大級、2メートルにも成長する人気者である。分厚い唇が特徴で、成魚になると青くなり、年取るほどに額のこぶが大きくなる。和名はメガネモチノウオ、伊良部島では「大きくなる」という意味のホゥーイが入って「ホゥーイビロシ」と呼ばれる。
 磯釣り名人があげたのはまだ若魚で、30センチ、7~800グラムといったところ。ベテランが「初めて釣った」というくらいだからやたらめったら掛かるものではないらしい。珍しいから見せに来てくれたのだが、褒めたらそのままうちの庭でおろしてくれた。刺身で食べた。ベラの仲間には「ねばねばする液体で体の回りを覆って眠る」のがいるらしく、その液体が染み出ているのかどうか包丁が滑ってさばきにくそうに見えた。
 白身で、こりこり、噛み切れないほどの歯ごたえがあった。海のジュンサイというかオクラというか、かなりぬめりけがあって、こんなの初めてという感じ。てんぷらや煮付けにしてもうまいらしい。
2008/03/11 02:18|食べ物・飲み物TB:0CM:0

春爛漫の宮古島・東平安名崎


 東平安名崎(ひがしへんなざき)は宮古島の東端にある美しい岬だ。観光客なら誰もが訪れる名所である。細く、平らに2kmほど突き出し、先端には灯台がある。左側のがけ沿いに遊歩道が延び、奇岩やサンゴ礁、海の色、寄せる波に目を奪われる。わが伊良部島のバラエティに富む景色は自慢だが、宮古島にはスケール感で軍配を上げたくなる。がけを下ると小さな保良(ぼら)漁港があり、その右側あたりはシュノーケリングにもよさそうだ。
 その遊歩道ににょきにょきと写真のような植物が群生していた。本州で山歩きをしていたときに見かけたシシウドに似ている感じがするが、よくわからない。白い花だかガクだかがびっしり、こんもりとついている。そのわきでは黄色い小さなミヤコグサも咲いていて、風の岬は春本番の風情だった。
 岬の名物テッポウユリもぽつぽつ花をつけはじめている。あと1と月もすると一面を真っ白に飾ることだろう。
2008/03/10 02:02|自然TB:0CM:4

宮古牛と宮古アグーのハンバーグ


 カサ・デ・アマカから自転車で5分、去年11月にオープンしたばかりのレストラン琉宮へランチに行った。
 注文したのは宮古牛と宮古アグーのひき肉を使ったハンバーグランチ680円。ドリンクをつけると100円増し。特に宮古アグーは、月にまだ1、2頭しか生産されていない貴重品で、ここ琉宮で独占的に仕入れているという。やわらかくも歯ごたえあるハンバーグで、ソースのあまみがほどよい。
 付け合せの生野菜やきのこ(シメジ、エリンギ)もすべて宮古産というこだわりようだ。ご飯にはうっすらロ-ゼル・ソルトがかかっている。味噌汁には、当日はシロタマンという地魚が入っていた。

 *アグー 琉球在来黒豚。琉宮では「しょうが焼き」もこれ。
2008/03/07 00:29|食べ物・飲み物TB:0CM:4

ひとりで船を見に来たライト


 佐良浜の港まで船を見に来た。放し飼いなのでひとりで来られる。別に機嫌が悪いわけではない。写真写りが悪いだけだ。いつもはもっと穏やかで幸せそうな顔をしている。
 主人の息子が野球部でライトを守っていたので「ライト」と附けられた。雑種だ。捨て犬だったが、きょうだいのなかで一番愛想がよかったので俺だけ拾われたのだそうだ。今3歳だったかな。忘れた。
 犬かきが達者で、5月のハーリー船レースの練習のときは、俺も必ず並んで泳ぐ。足にも自信がある。主人が現場に行くときは、軽トラよりも早く走る。カサ・デ・アマカには、主人といっしょにときどきお邪魔する。骨をもらえてうれしい。
 めったに吠えないが、たちの悪い酔っ払いだけは胸糞悪い。咬み付かんばかりに脅してやるんだ。
2008/03/06 00:59|TB:0CM:2

カマを振り回してマキガー(牧の井戸)再発見


 伊良部島には川がない。昔の人は、飲み水を確保するために、雨水を溜めるか井戸を掘るしかなかったろう。
 井戸を島では「ガー」という。佐良浜にはサバウツガー、(字)伊良部にはダキフガー、佐和田にはサアダガー、長浜にはコヤガー、わがアマカのある国仲にはフナカガーがあった。
 伊良部島最古の部落久貝村にもガーがあった。今やその所在を知る人も少なく、草木に埋もれているという。若いときに清掃したことがあるという古老の記憶を頼りに、いらぶ探検隊は、またまたカマを振り回して藪に分け入った。右往左往しつつも、やはり発見者は島人のエージさんだった。原住民はやはり鼻が利く。
 まるでマヤ文明の石積み遺跡のように、久貝村の「マキガー」は、亜熱帯の木の、しつこくはびこる根に絡まれながらもぽっかり口をあけていた。切り石の上に生えた木はもう人の背丈以上に育っている。けれど、入り口の数段の階段も、井戸を守る石の囲いも、底まで数メートルは続く竪穴も、しっかりとその存在感と歴史を宿していた。
2008/03/05 01:25|民俗・行事TB:0CM:0

埋もれた歴史の浜、マキブーを訪ねる


 歴史に記される伊良部島への最初の移住者は、1310年に宮古島の久貝村からやってきた。小さな村をつくり、ふるさとと同じ久貝村と称した。(『宮古島旧記』という古い本にそう書いてあると『伊良部村史』が言っているので、とりあえずそう読み取っておくことにします。)
 今は消えうせたその村の浜を「マキブー(牧の入り江)」という。何家族もが小舟に乗ってたどり着いた歴史の浜である。
 展望台牧山のがけの下方にあり、島の外周道路から浜辺までは、鎌を手に藪こぎするしかない。原住民エージさんの案内なくしてはとても到達不能だった。
 マキブーは、ただひっそりとしていた。小さく美しい浜で、アカウミガメが海に向かって息絶えていた。卵を産み終えて、ほっとしているような姿だった。
2008/03/04 02:33|民俗・行事TB:0CM:0

島を走る8 あだん屋


 島を走る10kmコース最終回です。
 乗瀬橋を渡って左へ曲がると、人家まばらな部落に入る。変則四叉路の右手には一風変わったみやげ物店「あだん屋」の派手な建物が目に入る(写真左)。主人が庭仕事でもしていると、足踏みしながら立ち話なんてこともときどきある。庭はまもなく完成し、広いバーベキューヤードとなる。残り1kmなので、後はクールダウンのウォーキングに切り替えてもいい。
 コースは変則四叉路の一番左をとり、公園、スーパーまるき、レストラン琉宮、渡久山金物店などを過ぎる。やや下りなので、ラストスパートでスピードを上げたいところだ。最後の500mは、月のない夜などは漆黒の闇となる林を抜ける。ここで私は2度ヤンバルクイナに似た歩く鳥が道を横切るのを見た。ゴール右手には、シラサギやカモが羽根を休める沼がある(写真右)。カサ・デ・アマカまでは100mの距離だ。
2008/03/03 01:38|日常TB:0CM:0

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