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寒いのと花粉がイヤで南の島に逃げてきたラテン系マラソン管理人のブログ

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ラテン系マラソンおじ

Author:ラテン系マラソンおじ
本場中南米製ハンモックで眠るゲストハウス「カサ・デ・アマカ」管理人。07年7月、寒いのと花粉がイヤで北関東から沖縄の離島・伊良部島へ逃げてきました。ヘビ年生まれのサソリ座。facebookは「カサ・デ・アマカ/Casa de hamaca」で登録しています。

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島人の方向感覚

chizu2.jpg
 仮説。「島人には独特の方向感覚がある」
 上は、『伊良部村史』の口絵ページに載っている地図である。左上部に方角を示す十字マークがあり、Nつまり北の方角がはっきりと示されている。『村史』には、同じ原稿から作成したと見られる地図が245ページ付近に3つ、37ページには別の伊良部島地図が掲載されている。いずれも北は同じ方向を指している。
 私がどう調べてみても、普通に北と思われる方角は、上記の地図で言えば左水平方向よりもさらに下に傾いている。つまり90度以上は、ずれているのだ。とんでもない違いである。しかし、いくら小さな自治体の史書とはいえ、校正・校閲などで何人もの目を通っているはずだし、これだけの数の誤りを見落としているとは考えにくい。
 とすると、島人にとっての北は、まさに『村史』の示す通りの北なのではなかろうか。コンパスの示す北ではなく、感覚的な北なのである。
 そう考えると合点のいくことがある。以前私は、島人が「東海岸」「西海岸」「南の海(パイヌイン)」と呼ぶ位置が普通の感覚からするとおかしいと書いた(当ブログ12月30日『東西南北』、1月1日『南の海』)。ところが東海岸はまさに『村史』の地図が示す東の位置にあり、西海岸は西に、南の海は南にしっかり収まっているのである。
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2008/01/31 02:36|民俗・行事TB:0CM:4

テキーラに雪塩


 龍舌蘭からつくるメキシコの蒸留酒テキーラのつまみに、私は『雪塩』をなめている。
 「ギネス認定ミネラル含有率世界一」とか、「海水を、何も引かず何も足さず固形化することを目標にしている」とか、はなはだ陳腐な手垢まみれのコピーで売っているのは気恥ずかしいが、テキーラによく合うので許すことにしよう(もちろん島酒泡盛にもいける)。
 ここ伊良部島の親分宮古島産である。「雪」というくらいなのでパウダー状。粉っぽいのでなめづらいが、塩なのに塩辛くない。えもいわれぬ、いろいろな味がする。通常の塩を作るときには捨てられてしまう、いわゆる「にがり」(ミネラル分)を含んでいるからだ。18種のミネラル、特にマグネシウムが多いから旨いのだそうである。
 60g××円、120g630円(写真は60g、値段忘れました)。料理などに使えばともかく、つまみだけだとかなり持つ。これにライムがあればテキーラには完璧。島での代用品はシークワーサーである。

 終戦直後、世のあらゆる物資が不足していたおり、伊良部島の入り江を利用した製塩業が数年間活況を呈したという。いまはまったく行われていない。 
2008/01/30 02:25|食べ物・飲み物TB:0CM:3

古書店の敷居


 入り口には、「見るだけの人はお断り」の旨、札が掛けてある。最初に入ったとき、「本が崩れるから触らないで」と奥さんに叱られた。宮古島で唯一の古本屋である。
 2度目。ある短編集がほしくて、めげずにドアを開け、思い切って書名を奥さんに告げると、奥からあっという間に目的の本を探してきた。
 3度目。奥を見せてくれと申し出ると、狭い通路から先の蛍光灯がともされ、書房の全容を観察することができた。「本に触るな」とは言われなかった。
 4度目。「こんなの、ありませんかね」と3度目に話していた本を、どこから調達したのか、いつもレジに座ったきりの旦那がにっこり笑って見せてくれた。以来、私は店の中を自由に歩き回り、ゆっくりと古本の匂いを嗅げるようになった。
 宮古島に行くと必ず立ち寄る『麻姑山書房』である。何と読むか、まだ少し遠慮があって聞けないでいる。
2008/01/29 01:14|日常TB:0CM:3

ヤンバルクイナを見た


 たそがれどき、いつものようにマングローブの水辺わきをジョギングしていると、目の前10メートルほど先の草むらから草むらへ、1羽の鳥がよちよちと、けれど精一杯足早に横断した。初めて見たので「お、お」と思う。
 30センチくらいか、色味は木の下蔭なので解らない。足がすらっと長いが胴体は丸く重そうで、颯爽と空を飛び回る体形には見えなかった。直感はヤンバルクイナ! 沖縄といえばヤンバルクイナ!
 しかしそれは、本島北部のジャングルにしか生息していない絶滅危惧種である。ここにいるわけがない。
 それでも「もしや」という夢は捨てず、『いらぶの自然・動物編』をあたる。オオクイナ、ヒクイナ、シロハラクイナ。うちヒクイナはリュウキュウヒクイナという亜種らしい。なあんだ、伊良部島で見られるクイナの仲間ってけっこういるんですね。また、がっかりしたような、うれしいような。
 ヤンバルクイナは歩くだけらしいが、伊良部のクイナは、飛べるのか飛べないのか。

(写真 ヒクイナ=『いらぶの自然・動物編』より)
2008/01/28 02:26|自然TB:0CM:5

「いらぶ」の語源3

irabu3.jpg
 前項に頂いたskoamさんのコメントを、ご本人の許可なくにここに引く。

「わが着想の眼目は、かつて[oerabu](oウムラウトをoeで代用)と発音されていた言葉があり、それをカナ表記するにあたって「おらぶ」「えらぶ」「いらぶ」の3つが並立したのではないか、ということ。3つとも芯の外れぐあいが五十歩百歩で淘汰されずに生き残った。こうした例は珍しくない。たとえば「いく」と「ゆく」(行く)のように。
当然ながら、その基本的な語義は「おらぶ」(大声で叫ぶ)の線上にあるだろう。」
 *ラテおじ注:「oウムラウト」は、オと言うときのの口の形でエと発音すると近い音になりますかね。

 「おらぶ島」説。どんなイメージなのか、詩人skoamさんにもっと聞きたいもの。波が叫ぶのか、風か、あるいは別のイメージか…
 島に住んでいると、郷土史家が「彩ふ島」とエラブりたくなる気持ちがちょっと解る。ここでは確認することままならねど、その「彩ふ」は「色(いろ)」からの派生語であり、もしそんな「いろふ(色ふ・彩ふ)」系の言葉があるとすれば、skoam説の「おらぶ」系とは別筋、ということになるのか。
 深入りしたいのだが、手足をもがれている。ボロを出さぬ前に退場。

(写真 伊良部島・西海岸)
2008/01/27 01:46|民俗・行事TB:0CM:5

「いらぶ」の語源2


 沖縄や奄美地方ではウミヘビのことをイラブーという。「なるほど伊良部島はウミヘビの島か」私はそう思っていた。
 汗牛充棟skoamさんからは「沖永良部島(おきのえらぶじま)」の「えらぶ」と伊良部島の「いらぶ」は同根ではないか」とコメントを頂いた。ウミヘビ「イラブー」の和名はエラブウミヘビ、永良部海蛇と書く。
 沖永良部島は奄美諸島の最南端与論島の隣にあり、西郷隆盛の流刑地として知られる。縄文杉・屋久島の西には、やはり語源が同じと思われる「口永良部島(くちのえらぶじま)」もある。
 『伊良部村史』にいう古語「いらふ」については、以下をネットから引用してお茶を濁しておく。

いらふ(いらう・いろう)

 (借ふ・挙ふ)借りる。利子をおさめて借りる。
 (答ふ・応ふ)こたえる。返事をする。
 (弄ふ)もてあそぶ。いじる。
いろふ(いろう)
 (色ふ・彩ふ・艶ふ)美しい色になる。目移りする。美しく彩る。修飾する。

 (綺ふ・弄ふ)かかりあう。干渉する。取り扱う。争う。もてあそぶ。

<http://www.asahi-net.or.jp/~mq9k-ymst/KYkobun/ziten/agyoi.htm#top
より>

(写真 伊良部島・中の島海岸)
2008/01/26 02:49|民俗・行事TB:0CM:1

「いらぶ」の語源


 野球ファンなら、千葉ロッテから大騒動してニューヨークヤンキースへ移籍し、マナーの悪いヒールとして名を馳せ、挙句の果てオーナーから「太ったヒキガエル」とこき下ろされてクビになった伊良部投手を知っているだろう。名前は松井と同じヒデキである。
 何年か前に初めて伊良部島の名を見たとき、ブーイングされた腹いせにファンに向かってつばを吐く伊良部投手を思い出した。あまり良いイメージではなかった。
 伊良部島には図書館も本屋もない。調べたいことがあっても詮方なく、伊良部庁舎(元役場)で『伊良部村史』(78年発行)を3000円出して買った。調べたかったのは「いらぶ」の名のいわれ。
 村史には、「伊良部なる地名は、古語のいらふ(美しく緑に彩られた)の音韻から出た当字」 「竹取物語や今鏡に使われる『いらふ』」と説明してある。しかし両書でどう使われているかの用例はあげていない。また私の手元にはしっかりした古語辞典がないので「いらふ」に「美しく緑に彩られた」という意味があるのかも確認できない。

 どなたか、「いらふ」についてご教示いただけないものでしょうか。

 *ネットで調べてみると、伊良部秀輝投手は宮古島、旧平良市(現宮古島市)の生まれ。日本球界に復帰するがパッとせずに引退し、現在はロサンゼルスでうどん屋をやっているという。
2008/01/25 01:20|民俗・行事TB:0CM:4

挑戦、伊勢海老釣り4


 名人は、やや腰を入れて糸を両手で持ち、なおも引っ張り、「んむ」と眉間にしわを寄せた。「イセエビですか」私は聞いた。名人はまた「んむ」と言った。ビミョーなのか。
 「イセエビ釣りは、掛かってすぐの対応が大切」と名人から教えられていた。餌に食いつき、一度引き込まれたら、すかさず、敏速に、糸をたくし上げる。もたもたしているとイセエビが消波ブロックにしがみつき、糸はその力に勝てないのである。
 「今イセエビは、釣られまいと必死でブロックに抱きついている」私の期待は高まった。
 何度か引いたり緩めたりしているうち、急に名人の腕の動きがスピードを増した。
 残念にして驚き。姿を見せたのは鮮やかに赤いハスナガ(写真)だった。30センチを超える大物クラスである。ゴムボート船長は言った。
 「和名を『トガリエビス』、沖縄本島では『マシルー』という。味は高級魚ミミジャー(センネンダイ)をはるかに超える。漁師のおじさんもこの魚だけは市場に出さないというくらい」
 その日、イセエビは名人と船長の針に一度づつ食いつき、二人の「あーっ」という悲鳴だけを残した。

 ハスナガは、名人が汁物にこしらえた。ぷりぷり身がしまり、ぱさつかず、歯ごたえあるほどに脂が乗ってて、うまかったねー。残った汁は、冷えるとプルプルの煮こごりになった。
 
2008/01/24 01:45|自然TB:0CM:2

挑戦、伊勢海老釣り3


 陽がぽかぽか射して、風景も釣り人も静止したままである。
 「アタリが止まったなー」と言い残して名人は居眠りを始めた。ザコがちょんちょん餌をつっついている気配はずっとあったがそれも止まったのだ。
 そんなとき私に初ヒットがあった。釣り用語では「外道」というらしい。目的以外の魚が「釣れてしまう」ことである。しかし、開高健言うところの「1匹は1匹」だ。ハスナガだった。小さいながら、赤くて、背びれがぴんと張って美しい。続けて、朝焼けのような色のアカバタを2匹。目玉と口が凶暴そうなイシダもあげた。餌のサンマでべとべとし生臭くなった手が、もう気にならなくなった。名人の糸は静かだったが、はしゃぎまわる私を何だかうれしそうに見ている。
 背中の方角があかね色に染まりはじめたとき、それまでと違うアタリがあった。重い一撃があり、その瞬間引き込まれ、あとは根がかりしたように動かなくなった。もしやと思い名人を呼んだ。糸をあずけると名人は「お!」と言った。糸が切れるくらい名人は引っ張った。

(写真はイシダ。この顔を見て、アマゾンのピラニアを思い出した。から揚げで食べたが、やっぱり、川魚特有の臭みが少しあった。イシダもから揚げで行ってみようか。)
2008/01/23 01:44|自然TB:0CM:2

挑戦、伊勢海老釣り2


 二人は何をしているか。けっして、日々の暮らしに疲れてうなだれているのではない。「とある場所」で缶ビールをやりつつイセエビを釣っているのである。消波ブロックの蔭の暗闇に大物が潜んでいるのだ。
 仕掛けはすべて名人が用意してくれた。鉛のおもりの先に針は3つ。やや太めの糸はペットボトルにぐるぐる巻きつけておく。竿は使わない。餌はサンマの切り身である。
 アマゾン川で、裸の小僧に教わってピラニア釣りをしたことがある。棒切れに糸を巻き、クズ肉の小片を針先に掛けて茶色い水に投げ込む。魚のアタリは人指しゆびの横腹でとらえる。竿も浮きもなく、道具は糸と針のみ。釣りの原初的スタイルだった。
 このイセエビ釣りも、同じスタイルではないか! 竿などは使ったことはないが、手釣りのコツは心得ている!
 針を水中に落としたら、糸を人指しゆびにひっかけ、テトラポッドの蔭の様子を想像しながらひたすら待つ。顔を上げれば宮古島。ヨットや漁船がかなたに浮かんで動かない。手先だけに仕事をさせ、あとはひっくり返って空を眺めていればいい。
2008/01/22 01:23|自然TB:0CM:1

挑戦、伊勢海老釣り


 1月20日はぽかぽか陽気の日曜日だった。名人一行5名は、伊良部島佐良浜港の「とある場所」を目指した。雑魚を釣ろうというのではない、本日は高級食材イセエビがターゲットである。「とある場所」へは写真のようにボートで渡る。
 名人は、絶好の釣り日和に居ても立ってもいられず、自作の「発泡スチロール舟」で、まるで一寸法師のように一足早く「とある場所」へ漕ぎ着いていた(とても真似のできない職人技!)。残り4名と荷物の輸送には、連絡船の大波の合間を縫って、写真のように「あだんや」さんが汗を流した。「午前中にかぼちゃの収穫を手伝ったので疲れ気味」ながら、シーカヤックガイドもこなす船長のオールさばきは見事だった。
 イセエビ狙いは夜釣りが本筋だが、舟で渡るポイントのため今回は明るい時間帯のチャレンジとなった。名人が「昼でも釣れる!」と踏んでの選択だ。勝負は日没まで。船長の義理の弟ヒロト・ヒロミツご両人が、クーラーボックスいっぱいにビールやお茶を詰めてきてくれ、準備万端整った。
2008/01/21 02:48|自然TB:0CM:3

ムラサキオカヤドカリを…


 下地島の西海岸パイヌインに連れて行ってもらったとき、みやげ物店「あだんや」さんが、海辺から少し離れたアダンの木蔭からこっちに抛り投げた。腕白坊主のような眼は「どうだ」と言わんばかり。国の天然記念物に指定されるムラサキオカヤドカリだった。「島ではアマムというよ」
 体長は、まだ若いのか6、7センチほどで、名前の通りあざやかな紫色をしている。島の元腕白は、海からは、また得意げに見たこともない小さな貝を何種類か採集してきた。もちろん焚き火で焼いて食べた。「小さいけど、こりゃサザエの味だねー」
 「オカヤドカリは口内炎に効く」と腕白は言った。貝の家からムラサキ色を引っぱり出し、尻尾の辺りを焼くといいらしいのである。珍味に違いない。このところ飲みすぎで口の中は荒れている。しかしこれは天然記念物……
 ああ、今日もいい一日だった。

 *伊良部島と下地島は、水路を挟んで「たいこ橋」「国仲橋」「仲地橋」「伊良部橋」「乗瀬橋」などの小さな橋でつながっていて、暮らしているとほとんど一つの島の感覚である。
2008/01/19 03:05|自然TB:0CM:2

ゲストハウスのゲスト


 伊良部島のイソヒヨドリである(鳥を撮れるようなカメラがないので「いらぶの自然 動物編」という本から接写した)。長さでは、スズメの倍以上はある。
 わがゲストハウスを頻繁に訪れてくれるお客さんだ。ふだんはテラスやベランダの手すり、隣の屋上、電信柱や電線あたりをぶらぶらしていて、毛虫やらを目ざとく見つけてはついばんでいる。高く美しい声の持ち主なので、夕陽をバックにペアで鳴き交わしているのが微笑ましい。ヒpュー#ヒャtラピrッピロtピ^-など鳴き方がいくつかあって、申し訳ないがその美声を全部文字にはできない。
 野次馬根性、物見高いというか、部屋を掃除するために窓や網戸を開け放しにしておくと、馴れ馴れしく室内に侵入してくる。あげく出口が解らなくなり、あっちの部屋こっちの部屋と大暴れし、そして必ず置き土産にオーディオやハンモックの上に糞。意図的ではなく、パニックになっての脱糞なんですかね。
 いつかはネズミと黒いイタチが、どたばた追いかけっこをして遊んでいったこともあった。
2008/01/18 02:38|自然TB:0CM:3

伊良部島テレビ事情


 テレビは、マラソンとサッカーの観戦のためにある。
 欠かすことのなかった正月恒例「箱根駅伝」を今年は見逃した。年末、伝統の福岡国際マラソンも、野口みずきの復活快走レースも見ることができなかった。サッカークラブWカップ、浦和対ACミラン戦も空を見上げるしかなかった。
 伊良部島のテレビは、「宮古テレビ」という有料ケーブルテレビ会社が独占している。本土のようにアンテナでは映らない。わが家の契約では、NHK総合・教育と民放2局、気象情報、行政情報の計6チャンネル。民放の沖縄テレビはフジテレ系列、琉球放送はTBS系列なので、上記のような、日テレやテレ朝系のラテおじにとって重要な番組が放送されないのである。しかもだ、TBSのホノルルマラソン特番を、TBS系列でありながら琉球放送は無視した。民放2局では、ゴルフを例外として、野球はじめほかのスポーツ中継も無に等しい。
 つい先日の都道府県対抗女子駅伝(NHK総合)で沖縄県はいつものビリ争いを演じ、やっぱりビリになった。サッカーJFL(J1、J2の下のリーグ)のFC琉球も、昨シーズンほとんどビリだった。バスケットの琉球ゴールデンキングスもビリだ。その大きな原因は、バラエティばっかりでスポーツ中継が少ないことだ! 民放の責任だ!

 と、ほとんど八つ当たりでした。
(写真 NHK教育の正月番組より)
2008/01/17 01:37|民俗・行事TB:0CM:5

アオウミガメを食べた


  自然・動物保護に敏感な方からひんしゅくを買いそうだが、去る夜、アオウミガメを食べた。ただし、道義的にはともかく、これは遵法行為である。イカの卵を荒らすなどの理由から年間何匹かのウミガメ捕獲が漁協に認められているからである。そう聞いた。
 甲羅の内側の緑色の肉、ひれのような足、内臓やらをさばいてから何時間もゆで、しかるのち味付けたという。こりこりと歯ごたえのあるゼラチン質に恵まれた最上級の肉質だと思った。あえてなぞらえると、にこごりをさらにぎゅっと固めたような弾力。テビチ(豚の足)をしこしこに煮詰めたような口当たり。
 今は国際保護鳥に指定されている渡り鳥サシバ(ワシ、タカの仲間)も、かつては食用として伊良部島では盛んに捕獲されていた。
(写真 ウェブサイト「壁紙.CC」より借用)

 *実はこの「ウミガメ」を投稿しようとしていてブログの調子が悪くなりました。過去の記事の写真は壊れるし、新記事はアップできないしで参りました。問い合わせるなど大騒ぎをして何とか回復しましたが、カメをいただいたタタリではないかと思っています。
2008/01/16 01:22|自然TB:0CM:7

2つの100kmマラソン

100k
 私はときどきマラソンレースに出る。しかしたいていはハーフマラソン21kmである。3ヶ月くらいは必死に練習を積まないとフルマラソン42kmなど満足に走れるものではない。その2倍以上もある100kmなんてハナから無視している。求道者が走るものだ。
 その100kmウルトラマラソンが、宮古島で2日間続けて開催された。1つの大会が2日間続いたのでなく、主催者の違う2大会が連日行われたのである。1つは1月14日の「第12回宮古島100kmウルトラ遠足」(エントリー635人)、1つは15日の「第18回宮古島100kmワイドーマラソン」(100kmの部エントリー295人)。発着地は違うが、島一周というルートもほとんど同じである。
 ジョギング愛好者が増えて、各地でマラソンレースが盛んに行われているけれど、同じ町で2日続けて別のマラソンレースが行われるなんて聞いたことがない。しかもこんな小さな島で。ましてや超ハードな100km。
 何か事情があるのでしょうが、一緒にやればいいのにね。

 主催者に宮古島市などが名を連ねる「ワイドーマラソン」のほうが、写真のように新聞・マスコミの扱いが派手でした。「ウルトラ遠足」は、宮古毎日新聞には社会面にほんのちょっぴり。
 「ワイドー」は、宮古島方言で「がんばろう」とか「がんばれー」の意味です。
2008/01/14 10:13|民俗・行事TB:0CM:6

離島、2000円の苦悩

sale
 伊良部島に届く新聞にもチラシは折り込まれてくる。近所のスーパーのもあるが、こんなカラーの広告はたいていは別の島の話だから、いつも憧れに似た気持ちで眺めるしかない。
 2週間に1度の買出しで海峡を渡った翌日、写真のようなチラシが入った。宮古島唯一のホームセンター「メイクマン」である。伊良部島にはそこそこ坂道があるので、ちょい乗り用に前から3段変速の自転車がほしかった。
 宮古島に渡ったときは、せっかくだから3大スーパー、ホームセンター、島のドンキホーテ「ビッグ1」、本屋、古本屋、100均、リサイクルショップなどはくまなく回ることにしている。その日もメイクマンに寄り、「ちょっと高いなー。セールになったら買おう」と目星をつけていた自転車¥16,800が、翌日にセールで¥14,800となったのである。
 割引2,000円。フェリー代2,000円。セールはあと2日間。
2008/01/13 10:24|日常TB:0CM:3

ラム酒がつくれないか?


 バターを買いだめしようと往復2000円(軽自動車)のフェリーで海峡を渡り、宮古島の3大スーパー(マックスバリュー、サンエー、かねひで)を回ったが、どこも品切れだった。昆布茶を探しても同じだった。これが離島の現実である。
 がっかりして酒屋に立ち寄ったら、キューバのラム酒「ハバナ・クラブ」7年物(ダーク・ラム)を見つけた。たちまち元気になった。この7年物、北関東のわが30万都市では手に入らなかった。宮古島は離島もあわせて5万5000人、これも現実だ。
 ラムは、サトウキビから砂糖を精製した後に残るべとべとした液体「糖蜜」が原料だ(沖縄では南大東島でコルコルというラムを現地生産している)。わがゲストハウスの2階からは製糖工場の白い煙が見え、白砂で名高い「渡口の浜」あたりに甘い匂いを漂わせている。黒光りする糖蜜が、密やかに、毎日、とろとろと、大量排出されているはずである。宝の山だ! すると、考えることは一つ。マッシゲさーん!
2008/01/12 11:30|食べ物・飲み物TB:0CM:8

できたて粗糖を間引く

soto
 今伊良部島では製糖工場が昼夜白い煙を上げている。砂糖の原料キビ刈りは12月に始まった。工場は4月あたりまで稼動する。
 工場では、葉を落としたサトウキビの茎を細かく刻み、汁を絞り取る。汁は原料糖(粗糖)と糖蜜とに分け、前者は[精糖]工場へ、カスの後者は肥料などに回される。おおむねそんなことらしい。
 伊良部の粗糖は、島の南にある長山港に待機する船でどこかの精糖工場へ運ばれる。私とマッシゲさんは小さなビニール袋を一つ隠し持ち、ダンプから船に積み替えるところを狙った。幸い作業の見張りが、マッシゲさんの知り合いだった。見張り氏は、あたりをひとわたり見回した後、ダンプの荷台から落ちてくる粗糖をほんのちょびっと間引きし、「早く行け」と目で合図した。
 写真がその粗糖である。上白糖やグラニュー糖はほとんど臭いはしないと思うが、不純物の混ざる粗糖は「黒い甘さ」が香る。舐めてもそんなに甘くない。けれどおいしい。常温では腐るので冷蔵庫に保存し、私は泡盛のつまみに舐めている。
2008/01/11 10:15|食べ物・飲み物TB:0CM:2

アーサの採り方

asa
 「あーさーってどうやって採るの?船の上から?潜って?あーさー大好き!私も食べたい!」とコメントを頂きました。ただし投稿者さま、ゴーヤー(ニガウリ)やシーサー(守り獅子)は最後を音引きしますが、アーサはのばしません。最近とみに島言葉にうるさくなりました。
 以下、初体験で教えてもらったアーサの採り方です。
 1. アーサはいつでも採れるわけではない。潮が引いたところを見計らい、ざるを持って写真のような岩場の海岸へ出かける。シーズンは3月いっぱい?(取材不足)
 2. 緑色の全部がアーサではなく、何種類かの藻の中からそれを見分ける必要がある。アーサは緑色が濃いのでやがて解ってくるのだが、知らないと何が何だか解らない。
 3. 爪でアーサだけを剥ぎ取る。おそるおそるむしると効率が悪い。根こそぎぐいっと引っぺがすのがコツだ。
 4. 採集したアーサには砂が混ざっているので海水でよく洗う。ほかの海藻やごみも取り除く。

 はっきり申し上げると、かなり根気の要る仕事です。写真で熱心に採集しているのは兄貴分カズさんと奥さんの幸ちゃんですが、幸ちゃんは「モズク採りのほうが楽しい」といってすぐに飽きてしまいました。カズさんは結構しぶとく頑張りました。私は幸ちゃんに味方しました。しかし、その香り、風味はモズクの比ではありません。その晩お吸い物にしました。おわんの中は伊良部島の海そのものです。
2008/01/10 23:32|食べ物・飲み物TB:0CM:4

冬の味覚ウブシュ登場

ubushu
 伊良部島佐良浜漁港にウブシュが揚がり始めた。冬が旬である。和名はスマ。サバの親戚らしく、背中にはあのしましま模様が入っている。形はデブのかつおだ。そんなことでシマカツオ(縞かつお)の異名もある。
 5歳年上で私の兄貴分カズさん宅の夕餐にお呼ばれした。
 ウブシュの身の色はかつおよりも赤く、脂が乗ってつやつやしていた。厚く切った刺身を口にほうりこんではチビっと島酒。このところ食べ慣れていたかつおよりも滑らかな舌触りで、獲れたてはぜんぜん生臭くないんだ、とあらためて思う。「サバのほうが脂っぽい」とはカズさん評。私はサバ刺など記憶にないからなんとも言えない。
 この日の午前は、兄貴の案内で走りのアーサ(海藻のあおさ)採りにも連れて行ってもらった。亜熱帯の島では、暑くて台風のある夏よりも、穏やかな気候の冬のほうが、魚も野菜も豊穣のように思える。カズさん自家菜園の「島ダイコン」サラダもうまかったなー。
2008/01/09 09:32|食べ物・飲み物TB:0CM:5

キハダマグロをバラす

maguro
 近所の、一風変わった土産物屋「あだんや笑店」用度係さんが、突然キハダマグロを置いていった。体長40センチと小ぶりながらまるまる1匹である。「さばけるよねー」彼は風のように去った。
 さばけない。海なし県育ちはさばいたことなどない。
 こんなこともあろうかと、出刃包丁だけは用意してあった。見よう見まねで腹を割く。ワタを出す。頭と尻尾を落とす。尾のほうから刃を入れ背骨にそって身を切り離す。裏返し、反対側の身もおろす。淡い紅色の、4つのサクができた。われながら上出来だとほくそ笑む。しかしその後が悲惨だった。滑るやら身に引っ附いているやらで、皮がうまくむけない。仕方なく包丁を使うと身までそげてしまう。
 あれよあれよ、4つのサクはぼろぼろになった。
 さばいた後で釣り名人に尋ねると、3枚におろす前に皮をはぐのだという。もったいないことをした。

 伊良部島佐良浜漁港は、かつお船3隻の水揚げ港である。キハダマグロや、グルクンなどの近海魚も揚がる。水槽で飼われているような色とりどりの熱帯魚も、市場のコンクリートの床でペタペタ跳ねている。
2008/01/08 09:47|食べ物・飲み物TB:0CM:4

伊良部島名物踊りイチリトラー

1ritora
 ついに伊良部島名物「イチリトラー」を目の当たりにした。そして踊らされた。
 新年会の本夕は、三線に太鼓も加わった本格的なうたげとなった。メインディッシュは、調理師の資格をもつ池間さんが味付けたテビチ(豚の足)である。宴会参加者のカチャーシー(島踊り)披露が一巡りして、三線の弦が1本2本と切れ始めるころあいに、シマコさんが「そろそろイチリトラー」と呟いた。私には「1リットル」と聞こえた。
 「いやだ、いやだ」とごねるしぐさをしつつも、シマコさんの弟エージさんがハナを切った。「イチリトラーのゲコガコシ」とわけの解らぬお囃子に乗って、基本はまったく無視したアドリブ踊りで盛り上げ、「チョンチョン」とエロチックなしぐさを入れて締める。終始、腰の動きがポイントだが、最後の「チョンチョン」が見せ所である。若い娘も容赦なく指名されるところに、何だか島のほんわかしたところが感じられる。以降、延々と続いた乱舞の模様は省略させていただきます。
 「子供たちのまりつき歌を大人が拝借して宴に取り入れた」とは、三線奏者の奥様ノリコさんのご意見でした。
2008/01/07 10:55|民俗・行事TB:0CM:5

自分で○○さんは変です

kazari
 自らの商いに「さん」を附けて看板を掲げている店がある。「あなたの街のクリーニング屋さん」とか「かわいいケーキ屋さん」「はんこやさん」「小さな修理屋さん」などの掲示を、あなたの街でもよく見かけませんか。
 私はこの「さんづけ看板」を見るたびに、違和感というか、センスの悪さ、薄気味悪さを感じてならなかった。親近感を持たせようとしているのでしょうが、自分とこにさん附けなんてねえ。
 あれー、でもこのブログの名前も「……ラテン系酒飲みマラソンおじさん」だった。気持ち悪い! 寒気がする!
 ということで、新年を迎えたのを機に「さん」を削除することにしました。新名称は「寒いのと花粉がイヤで南の島に逃げてきたラテン系酒飲みマラソンおじのブログ」です。なお、名称の後半部に誤解がありましたので注釈を一つ。私は「酒飲みおじ」つまり飲んだくれを主張しているのではなく、ラムやテキーラなど「ラテン系の酒を好んで飲むおじ」です。よろしくお願いいたします。

 沖縄ではお年寄りを「おじい」「おばあ」といい、本人にも直接そう呼びかけますが、どうも私、まだその呼び捨てスタイルに慣れません。どうしても「おじいさん」「おばあさん」となってしまいます。
(写真 島の正月飾り)
2008/01/06 10:16|日常TB:0CM:0

島ではゴミでなくチリを捨てる


 ヤマト標準語で島の人と話す場合、意味は何とか解るけれど、単語の使い方が違う、という場面によく出くわす。
 島では「上等」が多用される。軽く「良い」くらいの意味で使い、本来の「すぐれて品質がいい」というような大げさな表現ではない。うまくいったら「上等、上等」、ちょっとボロの自転車でも「上等さー」。
 わが家に電話があり「忙しくない? 今から来ようねー」と言われてちょっと面食らったことがある。話者が聞き手である私の家に来るという意味で、標準語なら「今から行こうねー」というべきところである。
 「帰りましょうねー」と言われても、いっしょに帰ろうと誘っているのではない。本人がきっぱり「帰ります」と宣言するときに使う。「家(や)に帰る」のである。
 猫や魚などのペットは「飼う」よりも「養う」を使う。釣り名人は家の水槽で「グッピーを養っている」のである。「初売り」は、写真のチラシのように「初商い」。「チリ」は捨てるが、「ゴミ」はあまり捨てない。人を数えるのは「名」で、「人(にん)」はほとんど聞かない。「明日は何名集まるの?」「家族は5名です」が普通だ。生まれた年を言うときは「私は昭和40年生(せい)です」。「天水」とは「雨水」のことだ。ここは島。「雨」より「天」のほうがずっと貴重な感じが出ていませんか。
2008/01/05 02:00|民俗・行事TB:0CM:0

ハンモックはなんと数える?


 日本語でハンモックを吊床(つりどこ)ということを、訳者は忘れたが『ロビンソン漂流記』で覚えた。どう数えるか。1つ2つでは味気ない、1張2張ではテントみたいだ。寝床なのだから1床2床とすると、自分で決めた。決めておかないとハンモック家として示しがつかないからである。
 ゲストハウス「カサ・デ・アマカ」の寝具はハンモックだけだ。布団はない、という建前である。日本のどこを探してもハンモックで眠る宿はない、日本で唯一、とおそるおそる宣言しているが果たしてどうだろうか。
 カサ・デ・アマカでは、約6畳1部屋につき3床を吊ることができる。2床のほうがもちろんゆったりした印象だが、3床吊るとハンモックとハンモックが交叉して、あのアマゾン船内の猥雑な雰囲気に近くなる。空中の強み、高さを変えてハンモックを互い違いに吊ることで、交叉していても寝られるのである(あと2床は設置可能だが定員は一応3名としている)。荷物を部屋のあちこちに散らかしておくとさらに感じが出る。

 ただし、いくら亜熱帯の伊良部島とはいえ、冬場のハンモック使用は昼寝や読書用だけにしておきましょう。管理人も夜は布団を敷いて寝ています。夜間適期の目安は4月から10月といったところでしょうか。「アマゾン流3床吊り体験」のためには、3人という中途半端な人数でお出かけください。
2008/01/05 01:29|TB:0CM:10

三線をもつ釣り名人


 釣り名人は三線もたしなむ。正月早々、わが家に泡盛を提げて名人が現れ小コンサートとあいなった。
 名人はスローテンポの「なさけうた」よりも、早弾きで楽しい「カチャーシー」が好みである。聴衆が手拍子で盛り上がり、あの手踊りが始まるからである。太鼓が加わればさらにヒートアップする。今夜は「伊良部音頭」「豊年の歌」、家庭円満を歌う「キナイワゴー」(家内和合?)などを披露してくれた。
 私は音感もリズム感もないので楽器には手を出さない。しかし話は喜んで聞く。釣りが好きではないが釣りの本を読むのは好き、というのと同じである。
 三線の楽譜のことを「クンクンシー」といい(名人は「クークーシー」と発音した)、「工工四」と書く。楽譜をめくると工・中・尺・老・四・六などの漢字や数字が並び、それぞれが音を表している。琴などの楽譜と似ていると思うが素人の浅ましさ。調弦(チンダミ)は「本調子」が基本だが、曲によっては「二揚」だの「三下げ」だのに変えて奏する。ギターで調弦を変えて弾くことはない、と思うが、これも素人につきクエスチョン。
2008/01/04 14:02|民俗・行事TB:0CM:0

ペルーのペンション西海


 パイヌイン(南の海)を歩きながら、「西海」のことを考えていた。
 ペンション西海は1970年代の終わりに生まれ、80年代はベッドが埋まり床に寝るものまで出た人気の安宿だった。ペルーの首都リマのちょっと危険な地域の話である。料理人、マエストロこと西海信夫さんが和食レストラン「だるま」とともに営み、朝夕2食が附いてUS$5、しかも夕食はレストランでたっぷりの日本食が味わえるので長期沈没するバックパッカーが多かった。1ヶ月前払いだとUS$100という特典もあった。ケーナの名手エルネスト河本さんの修業時代に出会い、マンツーマンのコンサートを聞かせてもらったこともあった。
 「西海」は、北海道出身の西海さんの姓だったが、南米大陸の西の海にも近かった。冬にはガルアという海霧が湧き、街全体を薄ら寒く覆い、その重い湿り気で旅行者の出立を促すのだった。
2008/01/03 11:57|TB:0CM:2

伊良部島、地名の不思議

DSCN軍艦

 年末、下地島へ行った。飛行場の西側、私の感覚からすると下地島の「西海岸」だ(当ブログ前項の地図を参照してください)。毎月1回催される「いらぶ探検隊」メンバーに入れてもらったのである。写真左のような海岸が続いていて、夏でも人影まれな穴場だそうだ。岸辺からアダンなどの木々の藪を分け入るといくつかの池があって、それが探検隊の目的だったのだが、むしろ私は地名の不思議に引かれた。
 このビーチあたりをパイヌインという。「パイ」は「南」、「ヌ」は「の」、「イン」は「海」である。地図的方角からすればどう見ても「西の海」なのに「南の海」なのである。なぜそう呼ぶのかと聞いたら、「ずっとそう呼ばれている」。

 写真右はパイヌインから見える小さな島だ。穴がいくつか開いているのは日本軍のトーチカ跡である。軍艦島といわれているが本来の名もある。しかしその名前が、私の耳にはうまく聞き取れない。あえて表すならば「プル」なのだが、教授いわく「ルにもプと同じように右肩に小さい○が附く音」なのだそうである。ルが、Lの音のようにも、舌を震わせる音のようにも聞こえるのだが… 
2008/01/01 16:49|民俗・行事TB:0CM:4

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